『crossroad』

誰しも人生において幾度か、重要な岐路に立つことがある。人生の局面、それは後の人生を大きく左右するような大事な分岐点だ。歩き始めたら、もう後戻りは出来ない。選択を誤ったと思ったところでどうにもならない。後悔先に立たず。零したミルクを嘆いても、無駄でしかないのだから。
なんて事を意識したのはポコペンに来てからだ。この星の住人たちの寿命は、ケロン人と比べるまでもなく短い。科学の発展も未熟な星だ。だから多くの人たちが、取り返しのつかない人生をやたらと振り返る。後悔という感情に苛まれながら。
ケロロは思う。我輩の人生にもこれまでに大きな岐路が三つあったと。ひとつめがケロン軍に入ったこと。ふたつめがポコペンにやって来たこと。そしてみっつめ、これは全くもって想定外だった。

「まさか、クルル曹長とこんな関係になるとは思わなかったであります」

二人分の汗を吸ったシーツの上で、うつ伏せのままケロロは呟く。枕に声が吸い込まれて、隣のクルルには届かなかったかもしれないが。

「こんな関係って、どんな関係だよ」

即座にツッコミが入るということは、しっかり聞こえていたらしい。
仰向けに寝転がっているクルルは、意地悪そうにフンと鼻を鳴らした。

「どんなって…だからこんな関係」

ケロロは口ごもる。こんな関係、ベッドを共にすることが当たり前の関係だということ。
階級は上でも年下の部下、技術者としての腕は最上級でも性格は最低な奴。いやこの際そんなことより何より、彼は同性じゃないか。
我輩はこのみっつめの岐路で、選択を誤ったのだろうか?後悔してる?
そもそもどうしてこうなったんだっけか?
きっかけは大した理由じゃないように思う。クルルがただの嫌な奴じゃなくってね、差し出された腕が嬉しくって。
そうだ、そうだった。困っていた時に助けてくれたんだ、窮地の時に助けてくれたんだ、切羽詰った状況でも助けてくれたんだ。

「あ…」

そしてケロロは自覚する。確かに足を引っ張られる事もあるけれど、よくよく考えてみたら何と助けられた時の多いことか。
彼は技術者で作戦参謀なのだから当たり前に思っていたけれど、実のところは侵略作戦とはあまり関係のないことで助けられた事が多いことに気付く。

「あ、のあとは何だよ?」

さっきから一体アンタは何が言いたいんだ?
クルルは訝しげに顔をしかめ、ケロロの方へ身体の向きを変えた。
うつ伏せのまま、顔だけこちらを向いているケロロと目が合う。そしてその顔が真っ赤だったりするから少々驚いた。

「あ…そのね、我輩の人生においてみっつめの岐路がクルルだったワケでありますから、よくよく考えてみたら、大したことないどころか大した理由だったからしてその…」

いきなりシーツの上に座り直し、かしこまって話し出すが、さっぱり意味が分からない。意味は分からないが、ケロロの赤味の差す頬を見ていたらムズムズした気持ちになる。
ゆっくりとその頬に指を伸ばす。その指が熱い頬に触れ、僅かにケロロが身じろいだ。そしてクルルの指をそっと取り、両手で包み込んで口元に運ぶと、指先に口づけた。
この指で数々の発明品を作り出し、自分を助けてくれたのだ。そしてこの指でいつも慈しんでくれるのだ。
愛じゃないか、これは愛。きっとこのみっつめの岐路のために、ひとつめとふたつめがあったのだとまで思う。
だってね、ケロン軍に入らなければ出逢ってないよね、一緒にポコペンに来なければきっかけは生まれなかったね、だから。
指先に何度もキスをする。
大好きだ、大好きなんだ。我輩、後悔どころか、この運命に感謝するであります。
心の中に溢れる言葉が止まらない。

「隊長…」

呼ばれて顔を上げる。愛情をめっちゃ自覚したばかりだから、顔を見るのが恥ずかしい。それでもゆっくりクルルの目を見る。分厚い眼鏡の奧にある瞳が見えないのはせめてもの救い。目を合わせて見つめ合うには、案外自分はウブだったようだ。

「なに?」

声が震えているのがバレないだろうか。そんなことを気にしながら。

「隊長…アンタ、指フェチだったのかァ〜?」

ケロロは一瞬固まってから膝から崩れ落ちそうになった。

「ち、ちがっ!」

違うよ!何で我輩が指フェチなワケ?
指先ばかりに口づけていたのは、ちゃんと意味があるのだが、あまりの言葉にケロロは釈明が出来ないでいた。
せっかくイイ感じだったのに。デリカシーのない奴だ!

「俺の指がそんなに美味いのかよ?」

ク〜ックックッと、さも愉快そうに笑い、座ったままのケロロの腕を引っ張る。トテッと転がった身体に腕を伸ばせば、おずおずと腕の中に自ら納まった。

「俺はアンタが指フェチでも構わないぜェ〜」
「だから、違うってば…」
「じゃあ何フェチ?」
「ん…クルルの全部」

は?と声を発してから、今度はクルルが固まった。
まさかそんな言葉が返ってくるとは、夢にも思わなかったのだ。
勿論「指フェチ」というのはケロロをからかっただけで、指先を咥えているのは「お誘い」なのか、ぐらいにしか考えていなかった。
だからそんな、睦言を今更のような事後の場面で言われるとは、しかも真顔で。
勘弁してくれ。
どう反応していいのか脳内回路がパニックしている。
硬直したようにカチカチになっている背中に、ケロロはそっと腕を回す。
直球過ぎた告白は、ヒネクレ者には強烈過ぎたようだ。
石像のように動かないクルルの胸に頬を寄せる。あまりベタベタされるのを好まない彼だから、これは絶好の機会なのだ。
もう少し、こうさせて欲しいであります。

きっと、よっつめの岐路もいつかはやって来るだろう。でもそれがどんなモノだったとしても、自分は彼の指を握ったまま離さないだろう。本気で指フェチだと思われてもいい。それでも、離さない。
そしてクルル自身も、きっと。きっとそうであると信じている。それが彼にとって何番目の分岐点であっても、この手は繋いだままなのだと。
互いに手を取り歩く道がどんなに険しくても、どんな困難が待ち受けていても。
きっとクルルが何とかしてくれる。
我輩はそれを信じて突っ立っているだけだ、あの日のように。



END

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