それは升目の引かれた木の板の上で謀略を尽くして戦う、文字の書かれた五角形の駒。八種類の駒には独自の移動方法があり、敵地に入り込めば成り上がる。奪った駒は己の兵。かつては武将が戦略を練るために使ったと言われる、現代も脈々と続いているゲーム。

「フ…。やるでありますな、タママ二等」
「軍曹さんこそ」
 将棋の板を挟んで、ケロロとタママが対峙している。それぞれの脇には、いくつもの駒が転がっていた。
「だが…我輩には勝てないであります」
 ケロロは緊張した面持ちで右手を伸ばす。その指先が、最も大きな駒に触れた。
「あっ! それは…」
「ゲロゲロゲロ。見落としていたことを悔やむがいい」
 王将をそっと手元に引きながら、ケロロが得意げに笑う。今のところ勝負は五分五分。コレで大きな差を広げるのだと、ケロロは息を詰めて指先に意識を集中していた。
「ク〜ックックック、なぁにやってんだぁ〜?」
「ゲロッ」
 手元に集中していたケロロが突然間近から声をかけられて、ビクリと反応する。と、指先が駒を離れ、その弾みで王将はコトリと音をたてて『倒れ』た。
「はい、軍曹さんアウト〜。次は僕の番ですぅ」
「ちょっ、ちょっ、今のナシ! 不可抗力でありますよ!」
「勝負は非情ですぅ」
 楽しそうにタママは宣言し、ケロロが取り損ねた王将を易々と板から滑り落としていた。
 二人がやっているのは、『山崩し』。山状に積んだ将棋の駒を交互に指一本で音をたてずに板から滑り下ろし、最終的に取った駒に応じた点数で勝負を決める遊びだ。上手く駒を取れたら続けて挑戦でき、板から落とす前に音をたてれば挑戦者は交代となる。
「クルル曹長、何てコトしてくれんのさ! 我輩の王将だったのにっ!」
「…愉快な勝負だなぁ。ク〜ックックックッ」
 将棋に詰め将棋以外の遊び道があったとは驚きだと、クルルは愉快そうに小さな山が中央にある板を覗き込む。
 二人が将棋を持ち出して何かを始めたのはモニターで見ていた。最初は一番端に一列に並べて何かのゲームをしていた。次がこの山崩しで、何をやっているのかが分からなくて、様子を見に出てきたのだ。
「隊長殿。将棋はいかがでござるか?」
「あ、ドロロ。結構面白いでありますよ」
「…何だ? 中央に山盛りにして」
 ドロロとギロロが現れ、ケロロとタママの間にある板を見て、小さく首を傾げる。この将棋はドロロの物だ。時折睦実と指している将棋にケロロが興味を引かれ、ドロロから借りたものだった。
「挟み将棋では我輩の勝ちでありましたが、クルルの所為で一勝一敗であります」
「挟み将棋? 何だそれは」
「冬樹殿が昨日教えてくれたであります」
 本将棋は子どもには難しい。ケロロが将棋を持っているのを見て、冬樹が昔おばあちゃんに教えてもらったんだと、簡単なルールの将棋を使ったゲームを教えてくれていた。それをタママとやっていたわけだ。
「あ、折角揃ったんだからさ、歩あがりするであります」
「歩あがり?」
 また訳の分からない名前が出た。ケロロはすごろくのようなものだとルールの説明をする。
「ほう。角に止まると昇進して行くわけだな」
「さいころの代わりも駒というのも面白いでござるな」
「駒の順位も覚えるわけか。なかなか考えられたルールだぜぇ」
「五人だから、僕は軍曹さんと同じところからスタートしたいですぅ」
 特に異議も上がらず、五人で将棋の板を囲む。昇進以外はイベントも何もない単調極まりないゲームのはずだが、いつしかみんなで熱中していた。

 歩あがりの後、山崩しにリベンジを望むケロロに引き込まれて五人で息を詰めながら勝負をし、クルルがラボに戻って来たのは三時間も後のこと。単調なだけに愉快な遊びもあるんだと、新たな発見に少し上機嫌だった。複雑化したシステムが幅をきかせている世の中で、新たな仕掛けの糸口が見え隠れしていると感じていた。
「クルル曹長〜」
「クル?」
 椅子に腰掛けてどのくらいも経たないころに、ラボの呼び鈴が押され、先ほど分かれたばかりのケロロの呼びかけが届く。
 ラボの前に立っているケロロは、将棋の板を持っている。その姿をカメラの映像で確認すると、何か作戦でも思いついて発明品のおねだりでもしにきたのかと出入口を開けていた。
「何だぁ? 隊長」
「一局、ドウ?」
「ドレで?」
「フツーの将棋でありますよ」
 ルールはドロロに教えてもらっている。みんなは帰ってしまったし、冬樹はまだ学校から帰ってきていない。まだちゃんと将棋をしていないのだと、ケロロは準備をしながらクルルに相手をしろとだだをこねた。
「俺様に勝てるかねぇ〜?」
「いーの。やってみたいだけだから」
「しゃーねぇなぁ」
 今日は一日将棋尽くしだ。そんな事を考えながら、クルルはケロロの対面に座る。よどみなく駒を並べる手つきで、クルルは将棋をやったことがあるのだということはすぐに分かった。
「んじゃ、我輩から行くであります。4-9歩!」
「ソレがやりたかっただけじゃねぇだろうな…」
 ビシっと第一手を打ったケロロに苦笑を浮かべながら、クルルはきっちり手を進めた。
 少しずつ、互いの陣形が変わっていく。クルルは数手先を読んでの打ち筋だ。自然とケロロの手に対応した陣形となる。この、ケロロの手が珍妙だ。何も考えていないのか、きちんと読んでいるのかがつかみにくい。予想外の動きに、クルルが後手に回っていた。
「そこで香車を指すかねぇ。飛車だろ?」
「ゲーロゲロゲロ。飛車はココでありますよ」
「意味ねぇ」
「んじゃこうしたら? 王手!」
「…なるほど」
 初期の王手に詰めの威力はない。クルルは易々とかわし、陣形を変える。
 ケロロの打ち筋は連携プレイが多いようだと、おぼろげながら見えてきた。本当にフェイクもあるが、意味のないことをやっているようでそれが後で生きてくる。数手分をまとめて考えての打ち方なのだろう。区切りの始めが意味のない事に見えるので、自然とクルルの行動が制御されていた。初めての将棋のわりには大したものだと、クルルはほくそ笑む。
 どこが伏線なのか、どれが本当に無意味なのか、どの動きが本命なのか。そこを見極め、かわしつつ攻めなければ勝ちはない。睦実の方が普通に先が読める分、まだ素直な打ち筋だ。
 将棋は指す事ができるので、チェスのように丸裸にはなりにくい。優勢に進めているとはいえケロロには無駄な手も多いので、二人の攻防は平行線だった。やがて、ラボのモニターの隅に表示されている時計をふと見たケロロが慌てて立ち上がる。
「ゲローッ、もうこんな時間であります! まだ洗濯物取り込んでないしっ! 夏美殿に怒られるっ」
 叫ぶとケロロは出口に向かいかけ、はたと気付いて振り返った。
「クルル曹長! 続きはまた今度っ!」
 言いながら飛び出し、その足音は急速に遠ざかる。勝手に押しかけてムリヤリ相手をさせ、唐突に立ち去ったケロロだったが、不思議と腹は立たない。クルルは肩をすくめると、溜息を零した。
「いや…あんたの勝ちでいいぜぇ」
 クルル相手にこれだけの時間もったことが十分驚きだった。並みの打ち手が相手だったら、ケロロのトリッキーな動きに翻弄されて勝負がついていただろう。これで初めてなのだから、性質が悪い。
 ヘッポコなようでいてやはり一筋縄ではいかない奴なんだなと、クルルは愉快そうに勝負のついていない将棋板を暫く眺めていた。



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勝負の行方はお預けで。どっちが勝っても変だったんだ。正直、前半で終わっても面白そうだとか思っていたネタだったんだが、それでは外しすぎだろうとクルルと勝負してもらいました。頭脳戦だけかと思いきや、手の巧緻性を試される勝負ができたり、すごろくができたり。結構オールマイティです、将棋(タイトルの意味はココ) ケロロの腕はこんな感じですがいかがなもんでしょうかー!?

因みに、歩あがりのルール。板の四隅がスタート。金がさいころの代わりです。板の上で四つを振って、表が出た数だけ進めます。縁が平たいので立つ可能性も有り、立った場合はその向きに応じて5か10となります。板から落ちたら0。で、角に止まると一つ上の位?の駒に変わり、王将まで行って角で止まるとあがり。


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