無慈悲に時を刻む時計の音がやけに大きい。
 タイムリミットは三日後。三日と言えば、十日はかかりそうな発明品を仕上げるに足る長さだ。だが−−短い。



 静まり返った部屋の中、生命反応を示す機械音が規則正しくリズムを刻む。グス、と、鼻をすする音がケロロの寝ているベッドの脇から起こった。
「軍曹さぁん…目を開けてくださぁい…」
 包帯をあちこちに巻き、満身創痍と言った体のタママがケロロの手を握っている。ギロロ、ドロロ、そして中央に寝ているケロロも傷だらけで、いつもと変わらないのはクルル位なものだ。冬樹と夏美も心配そうにケロロの様子を窺っている。
「相変わらず体温血圧脈拍脳波、その他もろもろ異常なし。普通に寝てんじゃねぇの?ってくらいに平常だ」
「しかし、ケロロの奴はもう四日もこのままだぞ」
「反応もないでござるし…」
 寝ているだけなら、ケロロは寝言も言えば歯軋りもする。すばらしい寝相を呈すこともある。しかしこの四日、ケロロは大人しいものだ。寝返りすら打った痕跡もない。ゆすってみても動かしても反応はない。
「僕が悪いんですぅ」
「不可抗力だ。お前の立場に俺がいたとしても、結果は同じだった」
「ギロロ先輩…」
 敵性宇宙人に突如襲撃を受けた四日前。だがそれは秘密基地ではなく西澤邸で、その目的は地球の経済の半分を支配する西澤グループを落とすことだった。敵はケロン軍が地球に来ている事を知らず、正に事故としか言いようのない衝突がケロロ小隊との間で起こったのだった。



 地下秘密基地に警告コールが鳴り響き、弾かれたようにクルルの指が動き出す。正面の大きなモニターに、奥東京の空が映し出された。ちょうど中央に西澤タワーが見える。
 センサーの示すラインが移動してまわり、やがて赤く彩られた区域を表示した。
「上空に広範囲のアンチバリアフィールド…。見たことのないシステムだな」
 アンチバリアの反応は拾ったが、そのシステム信号に見覚えがない。識別コードの検索を行ないながら、クルルは通信ボタンを押す。まだそれほど緊急性は感じていなかった。
「和やかに日常をお過ごしのケロロ小隊各位へ。第三種警戒態勢。西澤邸上空に広範囲のアンチバリアフィールド発生。詳細は確認中。第三種警戒態勢、とりあえず基地に集合だぜぇ」
 招集言い渡すと、程なくタママから通信が入った。今西澤邸にケロロと冬樹も来ていることを告げ、西澤親衛隊もオーバーサイエンス反応を拾ったので、こちらは厳戒態勢に入っているのだという。
『基地に戻った方がいいですぅ?』
「いや、相手を知るにはちょうどいい。突撃兵らしく最前線で頑張りなぁ〜。ク〜ックックックッ…」
『我輩は帰った方がいいでありますか?』
「オイオイ、当たり前だろ。隊長が指揮をとらないでどうするんだよ」
『でも抜けて帰るの大変そうなんだよね〜』
「何のための超空間移動装置だ?」
『アレ苦手なんでありますよ』
 通常の侵略作戦では、その攻撃目標は主要都市か軍設備だ。まさか西澤邸がターゲットとは思っておらず、クルルはタママに現場待機を、ケロロには基地への帰還を告げて通信を終える。これが後に最大のミスとなるのだが、現状では妥当な判断だった。
 二人と話している内に、ギロロとドロロが基地に現れた。何者かが地球にやってきたことを伝え、クルルはアンチバリアフィールドの映し出された画面を示す。
「この範囲…かなりの数ではござらんか?」
「ポコペンの武器では火力も装甲も違う。戦闘になったら話にならんぞ」
「それでもアソコのシステムは最先端だからなぁ。フツーの軍設備よりはマシ?」
 自衛隊は領空侵犯に気付いてもいないだろう。尤も、気付いたとしても場所は西澤家の敷地内上空だ。恐れて見て見ぬ振りを決め付けるに違いない。
「まだ目的がはっきりしないんで、対処ができない状態なんすよ。識別コードを出していないところを見ると、団体旅行って訳じゃなさそうっすけど」
 まともな旅行者は、どこかの星に入星する際に識別コードを発信し、無用な衝突を避けようとする。また、ケロン軍のような侵略型宇宙人は識別コードを発信することで他エイリアンに侵略軍が来たことを告げ、暗に退去を示唆する。どちらにしても、宇宙を移動する際に識別コードの発信は基本である。それが行なわれていないということは、宇宙政府未登録の新興勢力の可能性もあった。
「ケロロの奴はどうした?」
「あそこ。今帰るように伝えたところだが」
「大人しく帰られるでござるかなぁ…」
「微妙。つーか、帰る気ないね、ク〜ックックッ」
 ドロロとクルルの意見も尤もと、ギロロは少し肩をすくめ、踵を返す。俺も現場に向かうと言い残し、司令室から出て行ってしまった。ドロロも慌てて後を追い、クルル一人が残される。
「隊長のいる所が作戦本部ってか?」
 残念ながら、クルルは動くことができない。情報を収得するにしても、事あれば電脳戦に向かうにしても、本格的に活動を行うための必要なシステムを有しているのは基地しかなかった。

 唐突に攻撃が始まったのはそれから間もなくのこと。ギロロとドロロが西澤邸に到着するのに有した時間はそれほど長くはなかったのだが、辿り着くころには西澤親衛隊の戦力はほぼ崩壊していた。

「ケロロ! タママーっ!」
「隊長殿ーっ! タママ殿ーっ!」
「返事をしろ、ケロローっ!!」
 瓦礫の山の中を、ギロロとドロロが駆けて回る。まだ続いている攻撃に応戦しながら、戦火を縫っての捜索だった。地上にいる敵影は、見たことのない姿の宇宙人だ。やはり新興勢力であったらしく、自動翻訳機で彼等の言葉を通訳できない。意思の疎通は不可能と判断し、後のゴタゴタを避けるために専守防衛に専念しながらも確実に敵を落としていっていた。
 やがて空からの攻撃が緩み、ふと見上げると基地にあった大型兵器が総出で襲撃に対処している。クルルの仕業かと対空は全てそちらに任せ、地上の敵に集中することができるようになった。
「き…君は…」
「む?」
 地に臥していた西澤親衛隊の一人がギロロの姿を認めて声をかける。まだ幼い顔付きの、若い男だった。
「頼む、お嬢様を…」
 男は漸くの思いで片腕を上げ、西澤邸の東の隅を指差した。
「タママ様と…お友達と共に避難されている。お嬢様を、助けてくれ」
 桃華がタママと友達と共にいるということは、ケロロもそこにいるはずだ。ギロロが頷くと、男は安堵したように意識を失う。
 桃華への忠誠心は軍人ギロロの男気に適った。なかなか気持ちのいい男だと、ギロロは男を戦火の及ばぬ瓦礫の陰に移動させてやり、示された場所へと向かう。
 吉岡平正義、この幸運を以って命を拾うが、ストーリーには関係ない。
「ドロロ、クルル。西澤邸の東の隅にケロロ達がいるらしい。今から向かう」
 ギロロは早速仕入れたばかりの情報を伝えながら戦場を駆ける。すぐに返答があった。
『心得た。拙者も向かうでござる』
『了解。その辺、それなりに激戦区だぜぇ』
 避難しているということは、守りが堅い造りのはず。更には桃華を守ろうとする親衛隊に、当人である裏桃華の戦闘力、ポール、タママと、遭遇戦のスペシャリスト揃い。当然激戦区となっているはずだった。
 近付くにつれて銃撃や爆音が大きくなる。敵も守りが堅いが故に、重要な場所と認識しているようだ。
「あ、ギロロ!」
「ギロロさん!」
 聞き覚えのある声で唐突に名を呼ばれ、ギロロは立ち止まる。目の前に、冬樹と桃華、ポールがいた。三人で手をつなぎ、真直ぐ駆け寄って来ている。
「攻撃が緩んだのはあなた方のお陰でしたか」
「早くあっちに向かって! 軍曹が大変なんだ!」
「ケロロがどうかしたのか!?」
「タマちゃんが怒っちゃって、手がつけられないんです。お願い、二人を!」
 話をまとめると、ケロロが敵の攻撃で怪我をしたのだと言う。そのことでキレたタママが大暴れをしていて、応戦する敵との戦火は広がる一方。冬樹の胸には、ケロロの階級章が付けられていた。このアンチバリアを利用して脱出してきたらしい。
「軍曹が僕達を逃がしてくれたんだ。ギロロ、軍曹を助けて!」
「言われるまでもない!」
 脱出するなら、超空間移動の方がはるかに安全だし早かった。ケロロが先導して超空間移動を行なえないということは、ケロロの様態はかなり悪い。
 弾かれたように駆け出したギロロの背中を、三人は祈るような気持ちで見送っていた。

 新興勢力などケロン軍の敵ではない。たかだか四人の小隊を相手に惨敗を喫した侵略者達は、宇宙政府の調査機関に引き渡された。



 幸いケロロの命に別状はなかった。だが、目を覚まさない。大きな戦闘を行なったので本部に報告をしないわけにも行かず、ケロロの様態は軍の知ることとなった。
「軍曹さんは、僕をかばって怪我をしたですぅ。僕が…僕が不甲斐ないばっかりに…っ」
「タママが悪いんじゃないよ。僕なんて何もできなくて…」
「過ぎたことを気にしちゃだめ。すぐにボケガエルだって目を覚ますわよ!」
 重い空気に占拠された室内で、クルルの指先がキーボードを叩く音とエラー音が木霊する。目を覚まさない原因はアンノウン。該当症例なし。端末からでは埒があかないと、情報を収得するためにケロロにつないでいたコード類を外してクルルは立ち上がる。
「どこへ行く?」
「分析は続ける。専門じゃねぇんであんまり期待はできなくてすんませんね」
 ギロロの声かけに断りを入れると、クルルは基地へと戻った。
 クルルは衛生兵ではない。医者でもない。怪我や病気は専門外だ。一応医療関係は知識として持っており、それなりの対処はできるが、専門的にやっている者には及ばない。
 通路を進んでいた歩みが遅くなり、立ち止まるとクルルは壁にもたれかかる。
「ク…」
−−後三日で目覚めなければクローンを作動させる−−
 今朝届いていた軍からの通達が、重りのようにのしかかっていた。ケロロが意識を失って、現地時間で一週間後。それが隊長不在のタイムリミットということだ。
 他の三人には知らせるなとの達しもあった。ギロロ、ドロロ、タママにとっては、ケロロがやっと目覚めたというだけのことになる。だが。
 クローンでは、ケロロであってケロロではない。いつかの交代騒ぎのときのように、新しいケロロは地球を本気で侵略しようとするはずだ。そしてクローンが起動されるということは、今のケロロは不要になる。ケロロは還元されなければならない。
「させねぇ…」
 今のケロロでなければだめなのだ。不真面目で、ヘッポコで、部下や侵略先の生物の身を案ずる、バカな男でなければ。
 小さく呟くとクルルは再び歩を進め、ラボへ向かって行った。

 更に二日経ってもケロロは目覚めない。オロオロと看病を続ける小隊の面々、モア、冬樹に夏美、秋ママ、桃華を始めとした西澤グループでもケロロ達の存在を知っている者達、小雪、睦実、556などなど、ケロロの回りはいつも以上に騒がしい。
 そしてタイムリミットの三日目−−漸く静まり返ったその夜、クルルの姿が眠るケロロの側にあった。回りで眠るみんなを起こさない様に、ベッドごとケロロを基地へと移動させる。
「隊長」
 今日がタイムリミット。夜が明ける前に目覚めなければ、ケロロはいなくなってしまう。明日の朝には、ケロロが本部に報告の通信を入れねばならない。分析や症状に対する情報収集を行ないながらも、隙をついて今のケロロの記憶の抽出も行なってみていた。だが眠る者が相手では完璧には程遠い。
「隊長、もう一週間も経ってるぜ」
 この七日でクルルが取った睡眠時間はわずかなものだ。様々な手段を試みてみたが、ケロロの覚醒には至っていない。焦る気持ちだけが空回りをしていた。
 その間に、地球に襲撃をしかけた奴等の処遇が決まったとの報告が届いていた。彼等は太陽系に程近い、まだ同一銀河内航宙しか行なえない程度の技術を有した生物だったことが判明している。しかし新たに侵略型宇宙人として宇宙政府に登録されたこと、宇宙には宇宙のルールがあることを知ってもらい、そのための教育プログラムがスタートしたことなど、比較的寛容な処置が施された旨を眠るケロロに告げた。
「ターゲットは西澤グループだったんだとよ。分かってみりゃ当たり前っぽいな」
 ケロロの現状は、言ってみればクルルのミスだ。強制的に移動させる方法もあったのに、重要視していなかったために現場に隊長を放置した。
「あんたは…つったっているのが仕事だってのに」
 ケロロの日和見体質なら、手は出さないと踏んでいた。タママもいるし、大丈夫と思っていた。二等兵を庇って怪我をするなど、隊長として失格も甚だしい。だからこそケロロらしくもあるのだが。
「起きろ、隊長。みんなが待っている」
 入れ代わり立ち代わり、ケロロの回りで騒ぐ面々は、一様にケロロの身を案じている。侵略者のくせに果報者なケロロは、クローンと入れ代わればその全てを敵に回すだろう。その場にはすでにいなくとも、今のケロロの悲しむ様が目に浮かぶ。
 ケロロのクローンの卵が、軍からの極秘輸送でクルルの元に届いていた。他でもない自分の手でケロロを切り捨てねばならない立場にクルルは立たされている。
「…起きろよ…っ」
 震える声で呼びかけ、ケロロの手を握る。強く握り締めても反応はなく、眠る表情に変化はない。
「隊長、俺は…あんたが好きだった…」
 懲りないバカさ加減も、クルルの想像の斜め上を行く思考回路も。隊長の素質を持つが故の陰の部分も、素の陽気さも。単純さも複雑さも、全部。何も出来ない、あまりにも無力な己が悔しい。
「隊長」
 長い沈黙があり、握っていた手を口元に持っていくと、クルルは意を決したように立ち上がった。
「これが、俺の部下としての最後の仕事だ」
 今のケロロ以外の者についていく気はない。軍に未練もない。幸いこの先の目的もできたことだし、後は好き勝手にやらせてもらうと嘯いて、クルルは還元装置のスタンバイを始める。成長促進カプセルにクローンの卵をセットし、後はボタンを一つ押すだけで全てが終わる状態まで持って行った。クローンが成長するのに要する時間を考慮し、ギリギリまで待ってみたがケロロに変化はない。
 さよならだとコンソールに向かった目の前で、ラボのモニターが瞬いた。緊急通信の警告が開く。
『ケロン星宇宙侵攻軍、ポコペン特殊先行工作部隊の方ですね。こちらは宇宙政府医療衛生省です』
「どうかしましたか」
 通信を開くと、宇宙政府の機関からの連絡だった。医療衛生省が一体何の用事だといぶかしむ。
『先日ポコペンの侵略を行なおうとした例の方々ですが、彼等の星で眠り病が発生していることが判明しました。ポコペン人に感染はしませんが、ケロン人は感染の危険性があります。ワクチンを転送しますので、摂取をお願いします』
「眠り病だと!?」
『はい。土着病の一種ですね。彼等の星独特の宇宙ウイルスによるものです』
 その症状はただ目覚めないだけで、他には何も問題がない。一人該当する症状を呈している者がいることを告げると、治療薬も既に完成しているので一緒に送るとのことだった。
 眠り病の一件を以って新興勢力の者達は宇宙政府に心酔し、すっかり大人しくなっているのだという。侵略型のカテゴリーから外されるかもしれないとの通達で、通信は終わった。
「眠り病…」
 暗くなったモニターの前でククッと力なく笑いを零すと、クルルは床へと座り込む。未知のウイルスが原因だったとは、検出されないわけだ。やはり専門機関には適わないと、天井を仰いだ
 ケロロが、帰って来る。
「…また、あんたのワガママに付き合う日々が始まっちまうな」
 眠るケロロを眺めてクルルは迷惑そうに呟くが、その表情は安堵を隠そうともしていなかった。



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ハッピーエンドはハッピーエンドだが、ラブラブとは程遠いなorz ケロロの側に居続けている他の者が感染しないのは何でだとかつっこまないでください。他に出たらクルルは気付く。つーか、疑う。ケロロ一人だから、分からないんだ。…誰一人として活躍していない、妙な話で申し訳ない!


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