超空間から抜け出たケロロが、周囲を見回して首を捻る。
「ここはどこでありますか…?」
 たぶん基地の中なのだろうが、ケロロも知らない部屋だ。縦に長い空間は、周囲の殆どに何らかのパネルが取り付けられ、淡いグリーンに光っている。一部に通路と思しき隙間があり、その先も緑色だ。見慣れない景色なのだが、色のお陰か危機感は感じない。
 地下秘密基地は思いつくままに増築、改築を繰り返し、一端には迷宮と化してしまって放置された場所もある。ガルルの前から退却するために適当な移動を選択したケロロだったが、出た先が予想外すぎて戸惑っていた。
−−…クルル曹長作でありますかな−−
 サイバーシステムらしい外見に、何となくそう思う。司令室や会議室よりも、クルルズラボっぽい。真中にコンパネがあってクルルがいたらカンペキだと、この場にいない黄色い後姿を思い描いた。
−−クルル…−−
 嫌味を言ったり嫌がらせをしたり、クルルは嫌な奴ではあるのだが、意味もなく側にいても気を使わずにいられる変な奴で、しかもケロロを甘やかす。わがままに応え、共に悪だくみをし、忠言もする。ただ頭がいいだけでなく、発想の転換も素晴らしい。いつもはろくでもない奴だが、ピンチの時ほど頼りになる参謀だ。
 だがそれだけではないのだと、ケロロは少し遠い目をした後に目を閉じる。
−−いつの間に、こんなに存在感が大きくなっていたのでありましょうな−−
 こんなことでもなければ気付かずにいれたかもしれない。
 初めてみたクルルのマジモードをかっこいいと思った。普段とのギャップに見惚れてしまった。そのときに、気が付いた。

−−ああそうか。我輩は、クルルが−−

 手放したくなかった。大事な幼馴染も、手はかかるが可愛い部下も、あのろくでもない男も。五人でドタバタと過ごす日々が楽しすぎて、冬樹達地球人も加えた他愛もない日常が愛しすぎて、軍人であることをわざと忘れて過ごしてきた。軍人であるケロロ軍曹ではなく、ケロロ個人として。
 軍人ではなく個人としてのケロロが、いつからかクルルの姿を追っていた。自分勝手なようでいて全体をよく見ていたり、言葉は悪くともまともなことを言っていたり、侵略先である地球をよく研究していて下らない質問にもきちんと答えたり(微妙に外して遊ぶこともしばしばだが)と、恐らくは一番真面目なんじゃないかと思わせるその働きに気付いて久しい。
 並ぶ者なきトラブルメーカーとの噂は聞いていただけに、返ってその真面目?さが際立って感じられていた。楽しかった。クルルとの下らないやりとりも、些細な悪だくみも。普通であれば真面目に考えろと怒られる突拍子もない作戦も、クルルは本当に形にしてしまう。元がイイカゲンなので当然作戦は失敗、痛い目を見ても、クルルはやっぱりついてきてくれる。遊んでいる。楽しそうなクルルを見るのが楽しくて、つい遊んでしまう。
 いつか終わらせなくてはならない日々だが、今はまだ延長ができる。可能性はかなり低くなってしまったが、ゼロではない。自分はまだ、戦える。
 たまには己の為に足掻くのもいいかもしれないと、ケロロは少し晴れやかな表情を浮かべて閉じていた目を開いていた。



「−−って、何じゃコリャぁっ!!?」
 瞼を開いたケロロの目に飛び込んできたのは、それまでなかったはずの無数のコンパネ、そして傾いたリクライニングシート。更には
「よお、隊長」
 何故かくつろいだ姿勢の黄色い物体。
 傾けたシートにその背を預け、クルルがゆるゆると片手を上げていつも通りの口調で挨拶してきたりするものだから、ケロロは一瞬何が起こっているのか分からなくなってしまっていた。目も口もぽかんと開いて固まったケロロを笑い、クルルはひらひらとその手を振る。
「残念ながら、俺の悪戯ってワケじゃねぇぜぇ〜」
「や…それは分かってるでありますが…」
 さすがに性質が悪すぎて、クルルの悪戯とは思えない。ガルルが手を貸すとも思えない。
 基地のシステムを奪われたのは確かだった。そして活動停止を確認したとガルルが言っていた。それなのに何故クルルはこんなにも悠長に構えているのか、そこが分からずにケロロは驚いている。
「汚染レベルが上がりすぎた。面倒なんで、一旦基地を切り捨てることにしてみました〜」
「基地…を? どう言うことでありますか」
「適当にやれって、隊長が言ったろぉ? ク〜ックックック…」
 通常であれば、死守すべき前線基地だ。だがクルルは基地を切り捨てたという。ありえない発想の転換だった。
「ここはメインシステムルームだ。基地のシステムはここのミラーで動いている。エッグハントが始まる前に物理的に切り離してあるんでこっちは全くの無傷だし、後で元に戻すのはラクショーってワケ」
 小隊員の超空間移動を行うシステムに規制をかけ、基地内からの移動は全てここに出口が開くように設定してあった。タママを除く小隊メンバーが超空間移動をすることは殆どなく、使用するとしたらそれは緊急回避のはずだったからだ。
 多くのコントロールパネルが開いているわりには膝の上でノートパソコンを扱いながら、クルルは少し真面目な顔付きになる。
「ところで、ターゲットが何の卵か…超トップシークレット扱いなんだよなぁ」
 画面など見なくても問題はないのに、ケロロの方を見もせずに作業を行ないながら口を開く。ビクリとケロロが反応したのは視界の端に映ったが、見なかったことにした。
「モノによって捜し方も変わるから、普通は何の卵か知ろうとするもんだ。しかし、隊長は何も聞かずに捜しに行った。…あんた、何の卵か知ってるな?」
 一言に卵と言っても、おなじみの形や色をしたものから、とても卵に見えない外見をしたものや、極小のもの、特大のものもある。検出装置頼りで捜すのであればあまり気にする必要はないが、ケロロの捜索方法は目視だ。本来であればどんなものなのかと質問がでてもいいはずだった。
 視線を落としたケロロに、やっぱりなとクルルは溜息を落とす。ケロロにはこういうところがある。重大なことほど、話したがらない。
「…ちったー頼れ」
「ケロ?」
「悩むのも隊長の仕事かもしれんが、んな雑用、投げ捨ててろ」
「クルル曹長…」
「あんたは」
 やっとパソコンの画面から目を離し、クルルはケロロの顔を真直ぐ見た。作業をしていた手も止まり、すいとケロロに差し伸べられる。
「信じていればいい」
 部下を、仲間を、友達を信じろと、普段であれば笑ってしまいそうなセリフを吐いて、クルルは自分でも恥かしいことを言ったとの自覚があるのか、視線を逸らす。
 言われた言葉に驚愕を浮かべていたケロロだったが、間を置いてへにょんと相好が崩れた。やがて可笑しそうに笑い出し、床へと座り込む。
−−ああ、やっぱり−−
 笑いすぎて浮いた涙を拭い、ケロロはよそを向いたままのクルルのヘッドフォン辺りを見詰め、笑みを浮かべた。
 こんな奴だから、クルルが好きだ。
 なぜこんなにも自分を甘やかしてくれるのかと、その照れた後頭部をハタきたくなる。
 失いたくないと、改めて思う。皆で過ごす暖かな日々を。クルルの側の柔らかな時間を。

 愛しいと感じる、この想いを。



続く

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予定外に第二次衝突前が長くなってしまったので一度切る。どう?クルケロと胸張って言っていい? 次こそはちゃんと終われると思う。たぶん。


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